11月末が車検切れの私の車。そのためいつものモータースに車検のお願いをした。

「車検お願いしたいんですけど・・・」
「いつ切れますか?」
「11月28日です」
「まだ時間がありますね。代車いりますよね?予定が決まったら連絡しますよ」

このやりとりをしたのが10月の中頃だった。一月前くらいから出来るようなので早めに連絡したのだ。

ところが・・・それから一月経っても連絡が来なかった。
忘れちゃったのかなぁと心配になって再び電話をしたのが先週の金曜日だった。
すると・・・
「まだ時間ありますから、もう少し待って下さい」
と何も問題ありません、と言った風情で明るく返された。

時間があると言えばそうなんだけど、こちらとしてもぎりぎりになると困るかもしれないし・・・と何となく納得できないでいた。
それから土曜日が過ぎ月曜日が過ぎ火曜日が過ぎても何の連絡もなかった。
来週以降なのかな・・・と思い始めていたのだが今日銀行に行く前に携帯を見たら着信が入っていた。

予定が決まったんだと日を聞こうと電話を掛けると帰ってきたのは思いも掛けない言葉だった。
「今なら代車ありますけどいつ来れますか?」

一瞬、頭が真っ白になった。予定を連絡を待っていたのは私だったはずなのに、早くやって欲しいと思っていたのは私だったはずなのに、なんか立場が変わってる・・・?
電話の向こうでは返事を待っている。それもたぶん今日か明日に車を持って来てくれと思っているのだ。しかしながら今日明日など思っていなかった私は車の中を片付けていない。CDなど積みっぱなしだ。

それでもここで行けないと言ってまた先になるのも困る。出来るなら早いところ終わってしまいたい。
結局仕事帰りに車を持って行くといって電話を切った。そして仕事が終わった後慌てて荷物だけ取りあえず下ろせるようにしモータースへ向かった。

「金曜日か遅くとも土曜日には出来ますから」
初老と言っていいモータースのおじさんは笑顔でそう言ったが何となく私は疲れを感じてしまっていた。予定外の行動はあまり好まない性質だ。

とはいえ私の時間の進み方と他人のそれは違うのだ。取りあえずここの所の懸案が一つ片付きそうなのでまぁいいとしよう。
私が読む少女漫画家の一人に成田美名子氏がいる。この人を初めて知ったのはたぶん「CIPHER」の連載が始まってしばらくの頃だった。「CIPHER」という作品は結構長く続いているうちに話がよくわからなくなってしまい(コミックを買っていなかったため)結局挫折した。
その後「ALEXANDRITE」で再び読み始めたぶんその頃「エイリアン通り」を知った。この「エイリアン・・・」が今のところ私の中で作者のベスト作品になっている。
「ALEXANDRITE」が終わった頃私の学生生活が終わり・・・その後あまりこの作者の作品を目にすることが無くなった。たぶんあまり色んな雑誌に目を通す時間が無くなったのだと思う。

数年前たまたま現在連載している「花よりも花の如く」という作品に出会った。ちょうど2巻が発売されたところを店頭で見かけたのだ。今こういう作品をやっているんだ、と特に内容も知らないまま手に取った。
この作品は不思議な作りをしている。1巻を読んでも何となくこれが作品の始まりだと思えないのだ。なんだか変な感覚だ・・・と1巻2巻を隅々読んでいくとどうもその前段階の話が存在しているらしいことに気がついた。

実はこの「花よりも・・・」と「ALEXANDRITE」の間に「NATURAL」という作品をこの作者は連載していた。この「NATURAL」に登場していたキャラクターが「花よりも・・・」にも登場している。そして「NATURAL」の最終巻にこの「花よりも・・・」の1巻の前の作品(読切)が掲載されていたのだ。
そのため「NATURAL」の文庫本を揃えたのだが、残念ながら文庫版にはその読み切りは載っていなかった。結局その為コミック「NATURAL」の最終巻だけ購入する羽目になってしまった。

「花よりも花の如く」はお能が題材になっている。私は能に詳しくないので、そう言うものなのかと結構興味深く読んでいる。べたべたした恋愛話もなく淡々と話が展開していくので私にはとても読みやすい作品だ。
内容については本当に私にその世界の理解がないので特に言うことはない。ただ最初の頃からこの作品について一つ非常に興味を持ったことがあった。
それは主人公の癖のようなもので、壁に沿って足を上げる動作だ。最近少なくなってしまったのだが以前はリラックスしたり考え事をしたりするところなどでよく見られた。特に意味はないのだが妙に好きなシーンだったりする。

好きであると同時にときどきこれ自分でも出来ないかな、と思うことがある。というよりやってみたいと思ったりした。何となく面白そうだと感じるのだ。
ただ現実としてなかなかそれを実行しようとは思わなかった。一つは寝転がって足を上げられるような場所がない。二つ目はそんな格好しているのを家族に見られたらどう思われるかということ。そして一番はどうせやるならゆっくり時間がある時にやりたいがなかなかそんな気持の余裕がある時がないこと。

そんなわけで今までそれをしたことは無かった。
しかし本日初めてそれを実行してみることにした。
理由は昨日の日記のことも関係している。そう「むくみ」対策だ。
毎日自分なりにマッサージなどをしているが意外と効果があるように思えない。そもそも自分の足がむくんでいることを知らなかったので「むくんでいない足」の状態がよくわからないのだ。だから自分がやっている事が正しいのかどうかが今ひとつわからなかった。
そこでネットなどで色々対策や対応を調べたところ、自分が今までやっていたこと以外(ウォーキング、足を温め血行をよくするなど)で効果的なこととして「足を上に上げる」ということがあった。その文章を読んだ時に思い出したのがあのコミックの絵だったのだ。
あれで良いのかなぁ・・・と思い思い切って今日やってみたのだ。

やってみた結果わかったのが絵と同じようには出来ない、と言うことだ。なんというか床や壁にぺったりと体がつかないのだ。足をつけるとお尻が壁につかないしお尻を壁につけてしまうと腰や膝が浮いてしまう。
主人公は男性なので骨格が違うこともあるだろうし、私の体が硬いせいもある。二次元的なものを三次元でやるのが無理があると言うこともあるだろう。とにかくかなり不格好な姿勢になってしまった。

ただ・・・やってみてわかったのは、この体勢はそれほど苦しいものではないことだ。というか結構気持ちが良い。なるほどこの姿勢で考え事が出来るという作者の発想は理解できると思った。
そしてそもそものむくみ対策であるが、5分ほどあげただけだが血が下がったような感じで心なしか軽くなった感じがする。むくみのない足がどんなものか今ひとつ理解できない私だが、この貯まったものが移動したような感じがもしかしたらそう言うものなのかもしれないと思った。

残念ながら今はもう冷えるので床に長時間寝転ぶのは無理がある。今度は休みの時にもう少し環境を整えてチャレンジしたいと思う。
なんなら「花よりも・・・」を同じ姿勢で読み返しながらやってみたら面白いかも・・・なんて始まったばかりの今週を乗り越える楽しみになりそうな気がした出来事だった。


接触嫌悪症のきらいがある私は基本的に人に触られることを好まない。だからマッサージというものも受けたことはなかった。
ただ先日ちょっとした機会がありせっかくだからということで足のマッサージを受けることになった。

腕の力に関しては幼少期より筋力が不足していることを認識していた。乳飲み子時代に這うこともしなかった子供だったというのだからまぁ仕方ない部分もある。
その代わりといっては何だが脚力はそこそこあった。不器用なので技術の伴う短距離は駄目だったが長く走ることは結構得意だった。選手に選ばれたこともある。
だから自分としては足はそれほど問題ないと思っていた。

しかしながらマッサージをして下さる方が私の足に触れた瞬間あれ?というような表情をした。それからちょっと考えて私にこう言った。
「むくみがひどいようですけど辛くないですか?」
今度は私の方が頭をひねる番だった。
「むくんでますか?」
その自覚がない私にはそう聞き返すしか出来なかった。

相手はかなり驚いたようだった。色々な人のマッサージをしてきた人から見れば私の足の状態は自覚がないとは信じられない状態だったのだろう。かなりむくんでますよともう一度言うとマッサージを開始した。
その瞬間・・・私の足に激痛が走った。

何かを刺したような痛みではない。どちらかと言えば鈍痛だが、手がその痛むところを押すたびにじんじんと響いてくる。何とか声を上げずにこらえるのだが、そうすると体が硬直するのは避けられない。
それはマッサージしている相手には当然にわかるのだろう。力を込めてもみながら、痛いところには色んなものが貯まって流れが悪くなっているのですよと教えてくれた。痛みが強ければ強いほどその症状がひどいのだと。

数十分マッサージを受けたがはっきり言えば私の状態はあまり良くないと言うことだ。左右のバランスが悪いし何より筋力がなさ過ぎる。自宅の体脂肪計では全身で27%台であるが、精密な体脂肪計で図ると足の体脂肪率は30%を超えていた。
太ももに脂肪がつきセルライト化していることも知っていたが、むくみや冷え性に深い関わりがあると言うこともマッサージを受けながら教えてもらった。

意外に自分のことを自分が知らないものだと改めて知った出来事だった。
その後風呂に入った時などにあの時痛かった部分を揉んだり擦ったりしているのだが、意外なくらい痛みが取れない。それはたぶんまだむくみが改善されていないと言うことなのだろう。
改めてネットでむくみのことを調べてみたりしたが、体質もあるためそう簡単に克服できるものではないらしい。だから当分自宅マッサージを続けて行かなければならないだろう。

伝説の浜

2009年11月14日 雑記
大雨&風の大荒れで忘年会が思いやられた朝だったが、午前の仕事が終わる頃には天候もすっかり回復。思ったほどの寒さもなく良い陽気になった。
ホテルのバスに乗って会場に着いたのは2時前。忘年会は4時からでそれまでは自由行動なのでまず海岸に出た。天女の羽衣で知られる三保の砂浜だ。

ここに来たのはほぼ1年ぶり、年始に東照宮に初詣に来た帰りに立ち寄った以来だ。あの時はとても風が強く浜に出ると砂が目に入って辛かった。
しかし今日は雨の後なので多少海が荒れ海水の色が悪いくらいで風は殆ど無く海辺に立っても寒さは感じなかった。
この浜にあるのが有名な羽衣の松である。元々の松はすでに無く今あるのは二代目だか三代目に当たるものだ。海辺に近いのでどの松も幹の太さの割に高さが無く横に這っている。
今は観光シーズンでないので多少うら寂しさがあるがどことなく厳かな雰囲気があって悪くない風景だ。

そして砂浜である。今日私が立ち寄った時は正月に来た時よりも潮が高かった。正月は引き潮の時であったので波打ち際の石の大群にひどく悲しい印象があったが、今回はその石群に際くらいまで波が打ち寄せていたので多少ましに見えた。
聞くところによると三保の海岸は潮の流れが随分前から悪くなり砂浜の面積が減りつつあるらしい。そして波に打ち寄せられる砂利が帯のような地層を作り出している。石の道の上に立つと角のない滑らかな石以外何もない、全く砂浜とは呼べない状態だ。
近年清水港の拡張工事が積極的に進められている。あるいはこの影響もあるのかもしれない。砂浜は波の打ち寄せる石の道の上にしかなくもしかしたらいずれ無くなってしまうのかもと思わせる。何となく寂しい光景だ。

もっともこの減少はこの場所だけではないらしい。ビーチバレー関係の協会では世界中でいずれ大会を開くことが困難になる場所が増えているという警告を随分前からしているらしい。
人間による開発やあるいは温暖化など様々な要因があるのだろう。一度進み始めたものは逆に回すことは難しいのは歴史の至る所で見られる現象だ。

伝承の歴史を受け継ぐものが失われる事は悲しいものであるが、時代の流れというものも生きている中で存在することをすでに知っている。
失われてゆく過程をこの先見ていくことになるのかもしれないと思って見渡すともの侘びしさが更に増してくる。
そうならないことも祈りつつ、石の道の上で轟音を立てて打ち寄せる波をしばらくの間見続けていた。

明日は忘年会

2009年11月13日 雑記
まだ11月ですが明日は忘年会。
食品会社の冬は忙しいのでやるとしたら毎年この時期。
昨日まではまだ忘年会なんて季節じゃないよな~と思っていたんですが、今日の午後からはすっかり冷えて冬が来た感じになった。

正直明日の会場が海の近くなのであまり寒くて風が強いのは困る。おまけにあまりそう言ったイベントは好まない達なので楽しみと言うより面倒くさいのだが、やる事になっている以上は上手く過ごしたいと思う。

と、いっても私は酒が全く飲めない人間なので飲み会の雰囲気によっては早々に退散することになりそうだ。できれば温かい飲み物があれば良いんだけど・・・まぁ期待しないでおこう。
ものすごい風だった。まだ冬の冷たさはないが力強いうねりを伴った風が午後から吹き荒れた。何故か今日に限って車に乗る機会が多く外に出るたびに風の強さに翻弄されることになった。
会社の車も私の車もワゴンタイプの背の高いものであるからなかなかに影響を受けた一日だった。

今年の冬は久しぶりに髪を伸ばしてみようかと思っていた。元々私の髪は短い。4~5年前に一度伸ばしたことがあったが基本面倒くさがりなので長くなってかかる手間が嫌で結局いつも短くしてしまっていた。

それなのに今年は少し長めにしようと考えたのは新しく買った冬用のコートの影響だ。襟の高めの少し可愛い感じのものを買ったので着てみた時髪が短いのに違和感を感じたからだ。

それでたまには違う感じを試すのも・・・と少し伸ばす準備をしていたのだが今日のような風の強い日にはまた考え直したくなる。まだそれほどの長さはないがそれでも吹き荒れる風に翻弄されてしまう。

これから寒くなっていけば更に風が強くなっていくだろう。さてどうしたものか・・・海から吹き付ける強風に我がekワゴンが煽られるのを感じながら改めてこの冬のことを考え直してみた。
昨日はMちゃんの誕生日だった。
そのことを一昨日までは覚えていたのだが、昨日はすっかり頭から落ちていた。気がついておめでとうメールを送ったのは結局今日になってからになってしまった。

最近こういったことが多くなってきた気がする。あれをやらなきゃとか明日はこれが必要とか準備や用意をしておくのにその時になると思い出せない。後になっても問題ないこともあるが、昨日の誕生日のようにその時にしなくては意味のないこともある。なかなかこれは困った問題だ。

仕事の場合はカレンダーやメモに書き込んで忘れないように対応しているが、事プライベートに関してはなかなか上手い防御策がない。
そのうちせっかく取ったチケットを忘れて見に行けないなんてことが起こるかも・・・とちょっと喜ばしからぬ予想までしてしまう。

年を取ることから来る老化はある程度は仕方ないものであるが、生きていくのに支障が起こらないよう対応していかなければならない。単純に体を鍛えるだけでない健康管理もこれからはより必要になってくるのだろうと友人の一つ年齢が上がった翌日にしみじみと考えてしまった。

これが平穏な時間

2009年11月10日 雑記
自分の人生に大いなる期待はない。地道に生きて行ければよいと思っている。どのみちその程度の物でしかないから。
出来る努力はやろうと思う限りするが、無駄だと感じたらさっさとひく。他者に対してもそれは同じ、必要以上の期待はない。自分にそれほどの魅力がないことを知っているからだ。

所詮そんな思いで生きているので私の毎日はそれほど変わり映えがない。大きな幸運もなければ這い上がれないほどの悲惨さもない。
それをもしかしたら平穏というのかもしれない。それならばそれで良いと思う。

ただ時折・・・本当に時折、無性に何かに期待することがある。
特に何をということはない。ただ、私をひどく驚かせて欲しいと願うのだ。自分の世界が一瞬で変わるとか私の常識にないような見たこともないものを見るとか・・・とにかく自分の力ではどうにも出来ないような驚きをしてみたいと焦りのような思いにとらわれる。

結局の所、何もおこらないし私のその思いが何かを生み出すことがないため時間がある程度立てばまた何事のなかったようになる。そうしてまた日々を普通に過ごす内に何か自分の世界が変わるようなことがおこらないかと思うようになるのだ。
たぶんインフルエンザではなかったが1週間風邪に苦しめられた。高熱が出たわけではなかったので医者に行かず会社には通っていた。それでも咳がひどく流石にいつものノルマはこなせない。何となくだらだらと日々を過ごしてしまった。

健全な精神は健全な肉体に宿るという言葉の通り病んでいる時と言うのはろくな事を考えない。まったく後から思えば何を悩んでいたのか呆れるだけである。

まぁとにかく何とか峠を越えたようだし新しい週も始まったのでまた心機一転頑張りたいと思う。

予定が狂う

2009年11月2日 雑記
風邪をひいてしまったらしい。朝から喉の奥が痛い&鼻水が止まらない状態で心配したが今日は月頭、明日は休日と言うことで会社が休めるわけがない。まして末日が土曜だったので末日入金の半分は今日にあるのだ。どうしても行かねばならない。

まぁ熱はないし何とかなるだろう、明日は休みだし・・・くらいの考えで仕事をこなしていたがだんだんと咳が出るようになった来た。
私は生まれつき鼻が悪いので喉はとても弱い。喉が腫れるくらいはまだいいが咳が出始めるととたんに体調が悪くなる。コンコンなどのかわいい咳ではない、食べたものを全て吐き出しかねないような肺の奥からの咳になってしまうのだ。
そうなると体のあちこちが痛くなってくる。今日は今年一番の冷え込みと言うことも手伝って骨や関節がキシキシと痛くなってくる。

これは熱が出てきているな・・・マスク越しに激しい咳をしながら考えたが、今日の仕事はどうしても今日やらなければ行けない。休み明けに回せる分はまとめて箱に入れてしまいとにかく月末締めと月頭の経理処理を終わったのが終業定時くらいだった。

だが今日は月頭なので全ての客先に請求書を送らなければならない。これは営業・工場事務だけでなく経理も管理も手伝う仕事だ。通常は3日までに郵送することになっているが今月は1日と3日が休みなので基本的に今日で終えねばならない。
風邪をひいている&風邪気味は私一人ではないので体調が悪いので帰りますとはとても言えない。そのまま残業に突入した。

そんなわけで帰ってきた時には本格的になってしまったようだ。すでに37度は軽く超えている。明日出かける予定があったのだがこれはキャンセルしなければならないだろう。
明日も今日のように冷えるそうなのでとにかく暖かくして一日休むことにしようと思う。
新しいことを初めて体験すると言うことはとても新鮮である。そのことをすでに知っている場合はイメージがあったりするがその通りであることはあまりない。
意外に自分は偏見をもっていたのだと実感するのは面白いことだ。

今日体験したことにこれからしばらく通うことにした。といっても仕事が忙しく日曜祝日しか行けないので2~3週間に一度くらいの頻度であるが、せっかくお金を掛けてやることなのでそれなりに成果が出来ようにしたいと思っている。

8月頃から自分が今まであまりやってこなかったことをいくつかやり始めている。別に変わりたいとか変えたいと言うことではないが今何かしたいという何かしらの思いがあるのだろうと考えている。
これからの人生でこういう事柄達がどんな意味を持ってくるのかわからない(もしかしたら何の意味もないかもしれない)が、時には衝動のような流れに乗ってみることも人生の面白さなのかもしれない。

まさかの落とし穴

2009年10月31日 雑記
昨日風呂に入った時にもうリンスが殆ど無かった。だからそういうものを管理している父にそう伝えておいた。

今日仕事から戻って風呂に入るまで自分はそのことを忘れていた。シャンプーをするために頭をぬらした時に、確認するのを忘れたと思いだした。今更風呂を出て父に聞けないので立ち上がってボトルを手に取る。・・・昨日より重量感がある。
よし、新しくしてくれたんだと安心してシャンプーを行った。
その後いつもの通りにリンスを手に取り頭につけた。

おかしいことはすぐに気づいた。頭につけ髪を動かすと泡が立ってきたからだ。

―――お父さん、シャンプーとリンス間違ったな・・・

そう思ってそのままもう一度洗うことにする。泡が立ったままではこれ中身が違うと言いにいけないからだ。
一度洗っているので大雑把にがしがしと洗った。・・・しかしどことなくおかしい。なにか、違う。

髪の触った感じがどんどん変わってきた。なんというか、プラスチックのようなごわつき感だ。

―――まさか・・・

嫌な、考えが浮かんだ。ある意味それは最悪の物だ。

―――お父さんまさか猫用のリンスインシャンプーと間違えたんじゃないよね?

今年の冬まで我が家には猫が居た。そんなに頻繁にはしなかったが当然猫を洗うものは用意してあった。猫グッツは殆ど処分したが、もし封の切っていない物があったとしたらそのまま残してあったかもしれない。父はリンスを入れるつもりで何か違う物を入れたのだから猫用のリンスインシャンプーを入れたのかもしれない・・・

そう思ったらもう洗う事など出来ない。大急ぎで泡を流して母を呼ぶ。事情を話して何を入れたのか確かめてもらった。

・・・結論から言えば、猫用ではなかった。とりあえずそれは良かった。しかし私の状況はあまり良くなかった。
中身は結局シャンプーでもリンスでもなくボディーシャンプーだったのだ。父は私に言われたリンスは忘れていて自分が少ないことに気になったボディーシャンプーを追加するつもりでリンスのボトルに入れてしまったというのだ。
ボトルを移し替え新しいリンスを入れてもらって洗い直したのだが、どうにも髪のキシキシ感が取れない。

「ごめん、間違っちゃった」
風呂から出た私にそれほど問題なさそうに父が謝ってきた。まぁ人ごとで聞けば笑い話に近いので怒ることも出来ないが・・・内心は全く笑えていない。

年齢が上がってきたためか髪の質の低下が最近気になり始めた。家系的に禿げることはないと思うが、あまりストレスになりそうなことは避けたいのが本音だ。
一応丁寧にタオルドライをして梳いておいたが・・・悪影響が出ないことを心底願っている。
ここの所随分と穏やかである。

穏やかというのは特にトラブルがないと言うこと。喜ばしいことではあるが、小心者の私には何か大事の前の静けさのような不安がふつふつを沸いてくる。
そんなわけでなにかトラブルになりそうなことがないかいつもは気にしないようなことを気にしている自分が居る。

何もない時くらいあっても良いじゃない、いちいち何か掘り起こさなくても・・・などと言われるがこれは性分なので仕方がない。

この労力が取り越し苦労であってくれればいいが・・・普段は勘が当たることがないのにこういう時ばかり当たってしまうことがないことを願うばかりである。

試行錯誤

2009年10月26日 雑記
私の勤める事務所は細長い形をしている。その長い方に空調が2つあるのだが上下にはスイングしても左右には動かない。だから冷暖房が効くところと効かないところが出来てしまう。
営業事務の時はそれがとても効く席で夏は凍えるほど寒く冬は気持ちが悪い位に暑かった。しかし経理は部屋の一番端に席があるので全く逆、夏暑く冬寒い。
夏は窓を開けたり小さい扇風機を使ったりしてしのいだ。暑いのは汗が気になる以外はそう仕事には差し支えないからそれでも良かった。
しかし寒いのはそうはいかない。私はひどい冷え性だ。冷えると手指が凍えて動かなくなる。それでは仕事に差し支える。

10月に入り日中は暖かいが日が落ちると冷えるようになってきた。そこで私は早めに対策を立てることにした。
まずはカーディガンを着ることにする。そして冷える日用にストールを用意した膝掛けにするためだ。他にもシャツをタートルにしたり靴下を厚手にし・・・あとはカイロを多めに買い込んだ。

しかし外側を暖めても指先が冷えないとは限らない。どうしようかとここ数日考えた。そこで一つ思いついた対策を今日実行してみた。
体の内部を暖めると言うことでしょうがを使ってみることだ。私は毎日温かい紅茶を会社に持って行くがその中にしょうがの粉末を混ぜてみたのだ。
たまたま社内に生姜湯という商品サンプルがあったことから思いついたのだがネットで調べても体がぽかぽかするなどという意見が多かったので試してみることにした。いつもストレート・無糖で紅茶を飲んでいるので無糖の物を探したのだが残念ながら若干甘みのある物しか見つけることができなかった。

それを今日紅茶に混ぜて持ち込んだのだが・・・思ったほどの効果は今日の所はなかった。飲んでみたのだが体が温まるという感じがしなかったのだ。これは予想外でがっかりした。

とはいえこれは私にも原因があるのかもしれない。
例えば私は猫舌であるため最初熱いお湯で紅茶を作ったのだがそれを飲みやすいように氷で薄めた。元々があまり熱くない飲み物だったのでそれを飲んで体が温まるのかと言えば疑問に思う。
また生姜湯の粉末自体初めてであったのでちょっと多めのお湯で溶いていた。どんな味の物かわからなかったので飲めないことを心配したからだ。仕事中に少しずつしか飲めないのに薄すぎれば効果が出難かったと考えられる。

そんなわけで今日の所は上手くいかなかったがこれからやり方を変えていけば使える対策になるかもしれない。なるべく体調を整えてスムーズに仕事が出来るように良い考えがあったら試していきたいと思っている。



営業事務の新入社員があまりにも使えないため先週新しい事務員が入ってきた。海外留学も勤務経験もある30代半ばの女性だ。新人が思った以上に事務仕事が出来ないため即戦力で使える人を選んだらしい。

なるべく早く新人を外したいという意向があるためすぐに仕事に入ったらしい、その日の内からシステムを利用させていた。しかしながら彼女に仕事を教えているのが当の新人のため周囲の不安は募る。結局、他の事務員も気になるごとに彼女に色々忠告することになった。私もそのうちの一人だった。

とりあえず社会経験がある分電話応対は特に問題はなさそうだったし伝票など諸々の書類の意味も理解できているようだった。しかし話に聞いたほどには社交性がないらしく休み時間もどこかに消えてしまう。どちらかと言えば物静かと言うか陰気な雰囲気のある人だった。

食品製造業は秋から冬が最も忙しい。今年は少々その傾向が早く来たらしく先月から工場はフル稼働状態だ。日曜日も祝日もない。
しかしながら営業事務の方は思ったより良くないらしく昨年の8割程度しか受注がない。仕事の遅い新人がそれでも何とかやっていられたのはそういう事情もあった。それでも夏から見れば仕事は多くなっている。その上仕事が遅かったり雑にやってトラブルを起こした処理があるので営業事務のブースはかなりばたばたしている。

だからこういう状態の所に新しい人が入ってかわいそうだなと思う反面この人で大丈夫かなと思う部分も1週間が過ぎてだんだんに出てきた。

今起こっている問題はこれまでその仕事をしてきた事務員のやってきたことだ。当然新しい人の責任ではない。しかしこれから彼女が仕事をしていく上でもしかしたら同じようなことを引き起こすかもしれない。であるから今起こっているトラブルがどのように処理されるのか見ておくことは意味のないことではない。
だが新しく入社してきた人は自分には関係ありませんと言った態度で彼女の席の後で大騒ぎしていても振り向きもしない。まだ入社したばかりでわからないからと言えばその通りだが私はその態度に少し疑問を抱き始めていた。

そして週が明けた。今は工場がフル稼働だから事務員も年末まで日曜日しか休めない。日曜一日だけの休みを明けて事務所に行くと新しい事務員の姿がなかった。
土曜日に管理の責任者に仕事に対して自信が無いと言っていたらしいから辞めてしまったのかな?と皆が思い特に誰も何も言わなかった。いつものように仕事をしていると朝から外出していた管理の責任者から電話が入った。
「Yさんが来ていないって聞いたけど本当?」というので本当ですと答えると「なんで連絡がないのか」と驚いた言葉が返ってきた。もう辞めたのだと思いこんでいた私は責任者に詫びて慌てて彼女の連絡先に電話を掛けた。しかし携帯電話はすぐに留守電になってしまう。仕方なくすぐに会社に連絡を入れるように留守電に吹き込んだ。

しかし・・・その日もその次の日も勤務時間中に彼女から連絡が入ることはなかった。

そして今朝、更衣室に入った私はクリーニング用のボックスに彼女の制服が入っていることに気がついた。そこでさりげなく他の事務員に連絡が入ったのか訪ねた。すると呆れたように彼女がこう答えた。
「離職票を送ってくれって言ってきたらしいですよ」
なんと彼女は突然出社しなくなったことを詫びることもせずただそれだけを言ってきたのだという。流石にこれには管理責任者ももう怒りを通り越して呆れるだけだったようだ。
私が「せめて取りに来なさいって言えば良かったのに」と言うと会って話す労力を掛けるのも無駄じゃないですかとその事務員は言った。

それもそうかと思うのだが相変わらず釈然としない気もする。
一人の人間を雇うと経費がかかる。たとえ数日で辞めてしまってもそれは同じだ。会社の事情は一切顧みず自分の都合だけで行動する、それが一社会人としての態度だろうか?
会社にあわないから辞めるというのは仕方ない。それならばそう言えば良いだけのことだ。たったそれだけのことが何故出来ないのだろう?

離職票が届けばまた彼女は新しい職場を探し始めるのだろう。しかしどんな職業に就こうがこのような行為しかできなければどの会社でも長続きしない。

それはともかく会社はまた振り出しである。これから更に忙しくなっていくので更に不安になる。出来るだけ早く落ち着いてもらいたいが・・・年明けまでは無理そうと長期戦を覚悟しないといけないのかもしれない。
その記事を知って書くか書くまいか迷っていたがやはり書くことにする。

元フォークルの加藤和彦氏が亡くなった。
たまたま私はNHKで速報が流れた時に休憩室のテレビの前にいたので早い時点でその事実を知った。まだその時にはネットでも情報が出ていなかった。ただ仕事の都合でテレビの前を横切ったので亡くなったことは知ってもどのように亡くなられたのかその時にはわからなかった。その後各新聞が記事を出すにつれそれが自殺による物だと知ることになる。

突然亡くなったことも驚いたがましてそれが自死であるということも衝撃だ。日本では自殺は珍しくない死に方ではある。だがしかし、いやだからこそまた驚いてしまうことも一方ではある。

私の年齢から見ればフォークルはもっとずっと前の世代の音楽だ。だがもちろん「帰って来たヨッパライ」は知っていたし、中学時代には合唱コンクールで「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌ったこともある。決して知らないグループではなかった。
まして私は長年ALFEEのコンサートに通っている。ALFEEは影響を受けた音楽に寛容なグループである。加藤氏の名前を聞くこともあるし氏が関わった曲を演奏することもあった。
そして近年は和幸の活動もあった。私は残念ながら一度もそのコンサートに行くことは出来なかったが決して昔の有名な歌手ではなかった人物である。

それだけにこれは大きなニュースであった。今年は川村かおりさんや忌野清志郎さんといったメンバーに縁のある方がすでに亡くなっておられる。それに加えて、と思うと何ともやりきれない思いがする。

ネットの記事にはその死を悼む方もいれば自殺、ましてホテルでのその行為に厳しい意見を述べられる方もいる。そのある意味常識的な言葉に言葉として理解することは出来る、が私には共感・賛同することはとても出来ない。

私自身自殺したことは一度もない。だが死にたいとは長年思い続けてきた。
特に中学高校時代はおそらく毎日そう思いながら生きてきたのだろう。自殺は出来ない、だが死にたい生きていたくないと毎日ぐるぐると思い続けてきた。駅のホームで誰か私の背中を押してくれないかとかあの車が突然暴走して私に突っ込んでこないだろうか・・・などそんなことばかり考えていた気がする。
そんなことを本気で願っていた私が実際に自殺してしまった人に対してそれは良くないなどとはとても言えるはずがない。
そう思わなくなった今ですら生きたいと願って生きているのかと問われればそうではないと言うしかないのだから。

生き続けていくと言うことはとても難しいことである。四捨五入すれば40というこの年数生きていてもその意味は未だにわからない。たぶんわかることはないだろうと思う。私はきっと何も残さずに死ぬのだから。

加藤氏は優れた曲を残した人物である。氏を慕う方も大勢いるだろう。少なくとも私よりずっと優れた方である。
それでもその人生の終結は思いもよらぬ形であった。残された関係者の方々の悲しみは深いだろう。それがなおさら痛ましい。

長年生きていれば死の報に出会うことは幾つもある。その度にどうやって自分は死ぬのだろうと考える。どれだけ未熟で愚かな人間であろうと死ぬことだけは他の誰と同じように出来るのだ。
出来るなら誰も傷つけない迷惑を掛けない死に方をしたいと思う。どうすればそれが出来るのかまだ予想もつかないがただ漠然とそう願っている。


前の会社を辞めて来月で丸2年になる。

辞めて1週間で新しい会社に入社しさらに冬場は特に忙しい食品製造業であったため前の会社のことを懐かしむ余裕もなかった。前の会社も12月は忙しかったが食品はその比ではなかった。

それから約2年、もうあまり前の会社のことを思い出すこともなくなった。わずか2年であるがもうずっと前のことのように思えてくる。

そんな中会社の備品を購入するためエンチョーに行った折、前の会社の相談役にばったりと出会った。もう80に手が届く年齢ではあるが相変わらず品の良い陽気なご婦人だった。
相談役によれば会長もご一緒だと言うことであったが私はその後銀行に行かねばならなかったので簡単に挨拶する程度で失礼をしてきた。立ち話でおよそ3分ほどであったが、昔と変わらずこのご婦人はとても好きな方だと実感した。

私が前の会社に就職した時、相談役は副社長の立場で会長が社長であった。もしもずっとそのままであったとしたら私は今でもまだあの会社に勤めていたかもしれない。
何年勤めても下がることはあっても上がらなかった給料でもあの会社に居続けたのは当時の社長夫妻の人柄が好ましかったからだ。ご夫妻揃って人の良い品のある方々であった。
私ももう一人いた事務員もこのご夫妻がとても好きであったから当時の専務にどんなに理不尽な扱いを受けても我慢してきた。
ただすでに私がはいった頃には社長は患っておられ療養中であった。それから4年ほどして結局専務に社長交代してしまった。この人は育ちは良いようだが会長夫妻とは違い品や人望のない人だった。人望がない人が権力を持つことは周囲の人間にしてみれば不幸だ。その後社員の半数以上が辞めていくことになった。

私はおそらくその最後の方の人間だ。気がついたら平の正社員の中で私が入社前から居るのは営業と運転手が一人ずつのみになっていた。自分が社長になる前から居る社員を強制的に辞めさせていったからだ。

そうなれば次のターゲットは私だろうと辞めることにしたのだが、最後の社内の雰囲気の悪さが非常に後味を悪くした。

それから約2年して初めて前の会社の関係者にあったわけだ。
正直に言えば嬉しかった。私はかなり短期間で辞めてしまったので相談役にきちんとご挨拶できなかったからだ。ご健康を気にしていたが以前と変わりない様子で本当に安心した。

別れ際相談役に「Sさん(一緒に働いていた事務員)は時々遊びに来るのよ。たまには顔を出して」と言われた。凄く驚いた。
Sさんは私より一月ほど早く辞めさせられた人だった。3つほど年上の肝っ玉姉さんという感じのいい人だったが、社長から疎まれてひどい辞めさせられ方をした。はっきりいってそれが私の辞める理由になったのだ。

そのSさんが元の会社に顔を出している―――もちろん社長たちに会いに行っているわけではないだろう。きっと会長夫妻や後任の事務員の様子が気になるのだ。彼女は優しい人だったから。

それでも私は顔を出すのは気が引ける。会長夫妻の体調は気になっていたがどうしても行ってみようという気にはなれなかった。
行くとしたら私が休みで会社が営業している土曜日だが、あいにく今の会社では12月末まで土曜休みがないのも理由にある。

Sさんを思えば私はかなり不義理している気がする。
時が経ってあの頃の嫌な思いに今更とらわれることはないが、それでもなかなか大人らしい対応が出来ないでいることがわかり自分の了見の狭さを改めて知ることになった。
本屋で本を買わなくなった私であるが、本屋に行くのは相変わらず好きである。と言うか今となっては特に買う気もないのに入る店は本屋だけである。

ポイントゲットとカード払いを初めてから本はネットで買う物になってしまった。しかしネットの場合漠然と面白そうな本はないかな~と探すには不便である。もちろん検索機能はあるのだが検索はあくまで記号でしかないため自分の意図と必ずしも一致しない。また多少値の張る本になると見出しだけで購入するのはやはり気が引ける。そういう意味でも相変わらず本屋の存在は必要なのである。

また私は時々舞台物を見に東京や大阪・兵庫などに遠出する。一人で行くことも友人と約束していく事もあるが、いずれにせよ私は時間に遅れると言うことが嫌いなため開演時間や集合時間より必ず早く着くことになる。そうなった場合、時間つぶしの場所が必要なのだが都会になれば時間をつぶす場所をえるためにはどうしてもお金がかかる。

遠出することですでに散財している以上あまり無駄はしたくない。そうなるとやはり時間つぶしは本屋になってしまう。
私は基本出不精なので遠出した割に観光とかはしない。誰かに先導されればついて行くが一人では(迷う可能性の方が高いため)まずしない。笑い話のような実話であるが私は昔大阪城ホールに2年で4公演コンサートを見たが大阪城の場所を知らずに帰ってきたことがある。「大阪城ホールって言う割に近くに大阪城が見えないんだね~」などと言って泊めて貰った親戚を呆れさせたくらいだ。(実際にはその頃改装中だったため大阪城そのものは見ることは出来なかった。ただし大阪城ホールの周囲を多少歩けば大阪城の存在位は気づいたはずである)

だから私はどこへ行っても結局本屋を探してしまう癖がある。遠出した感想を聞かれて都会には大きな本屋があって良いなどと感想が出てしまう。年齢とともに長時間立っているのは辛くなってきたが、それでもまずそこに行ってしまうのだ。

私が初めての本屋に入ると必ず確認するコーナーがある。それは児童書のコーナーである。
実は私にはもう30年近く探している本がある。タイトルも作者も知らない。色目と大きさと何となくの内容を覚えているだけだ。それしか情報がないので探してはいるがずっと見つからないでいる。
決して面白かったから探しているのではない。不本意な出来事(母親が勝手に私と弟の本を他人に譲ってしまった)で失ってしまい、さらに自分の中の記憶があまりにも不自然なためもう一度その内容が正しいのか確認したいだけだ。しかしどれだけ大きな本屋を覗いても、古本屋を歩いても見つからない。メジャーな作品でない昔の(しかも外国の作品)本などもう見つからないだろうと思いつつ毎回必ず児童書のコーナーを見て回るのが私の癖だ。

都会に出て大きな本屋を見つけるとここでならもしかしたらと一瞬期待したりする。しかし最近はあまり新しいホールに行かないので新しい本屋を見つける機会もなくなってきている。
本屋を探しに歩き回ろうかとも思うのだがそれでは本末転倒のような気がして結局やめてしまう。目的が別なだけにあまり無謀なことがしないことも災いしているのかもしれない。

それでもいつの日にかその捜している本に出会えれば・・・、そんな気持ちを捨てきれないまま出かけた先で新しい本屋をみつけられたらと思っている。
歳を感じる時の一つに筋肉痛がある。何か体を動かすことがあってその後にくる痛み・・・年を取るにつけ翌日以降にくるようになった。そしてひどい時は痛み故にさび付いた機械のように不格好な動きになってしまう。
そういう状態をわかっているから筋肉痛になりそうな予感がある時の動きがセーブされるようになる。なってもあまりひどくならないように、自重してしまう。結局そういう自分の妥協がますます筋力を低下させることになっっていったのだと思う。

日常暮らしていて一番筋肉痛になると予想されるのは実はコンサートだ。普段履かないヒールの靴を履き長時間歩く&コンサート中の約3時間立つ&手拍子や拳をあげるなどの動き・・・諸々普段しない運動になる。実際学生時代に1日コンサートに行って3kg痩せたことがあった位動くのだ。
若い内は筋肉痛も軽くすぐに直ったが年を取るにつけてそういうわけにもいかなくなってくる。そこでだんだんとコンサートでも動かなくなってくる。後からくるだろう痛みをなるべく減らすために大人しくなっていったのだ。

ところで先日そのコンサートに行った。
そして2日経ったのだが、今回は筋肉痛にならなかった。靴擦れは出来たがそれだけだ。だるくも痛くもない。
だからといって今回も自重したわけではない。実はただいま体力増強・筋力アップ中と言うことで今回は結構頑張った。出来れば運動になるように、と。ここの所息が切れそうになるとすぐに座ったり寄りかかったりしたのだが今回は座るところ以外はちゃんと立っていれた。
しかし・・・今回はあの痛みはこなかった。

ちっとも効果がないと思っていたここ2ヶ月ほどの運動で多少体力と筋力がついたのかもしれない。息が上がることもなかった経験がそう思わせてくれるとかなり嬉しい。頑張っても意味がないと思ってしまえば生きていることもしんどくなってしまう。
別に天地が変わるほどのラッキーを求めるほどでもないのでこれくらいのささやかな喜びがあればまた明日から頑張ろうという気持になれる。

コンサートで気分転換にもなったし筋肉痛にもならなかった。連休明けの仕事はトラブル続きだがなんとか気分良く過ごせている。

怪獣襲来

2009年10月11日 雑記
嫁が孫達を連れてきた。上から9才5才3才の3人。
一番小さいのも何となく人間らしくなり、更にパワーアップ。嫁が帰ってももう泣かなくなった。
祖父母宅は五月蠅く言われないためか孫達はけたたましく駆け回る。とにかく騒がしい。

今日はとても日課がこなせそうもない・・・

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