保育園児だった頃から時代劇をよく見ていた私は新選組という名前と存在だけはかなり幼い頃から知っていた。
そんな私が初めて読んだ新選組を取り上げた小説はかの有名な「燃えよ剣」、小学生の中頃だったと思う。
土方歳三を主人公にしたこの超有名小説で取りあえず新選組がどういうものか知るわけになったわけだ。

まだ幕末という時代がどんなものであったのかわからない頃ではあるので正直当時はそれほど面白いとは思わなかったと思う。取りあえず土方歳三という名前はその時覚えた位だ。
そして土方歳三以外に私の中に印象に残った隊士が、斎藤一だった。それ故それ以降新選組といえば1に土方歳三2に斎藤一となってしまった。

何故?

と思われた方はたぶん「燃えよ剣」を読んだことのある方だろう。その疑問はたぶん正しい。
なぜなら・・・「燃えよ剣」において斎藤一の出番は殆ど無い、のである。印象に残るような取り上げ方はされていないのである。

なのに、小学生だった私がこの作品を読んで一番よく覚えていたのがその数少ない斎藤一の登場シーンだったのである。

蝦夷で戦の指揮をとる土方が斎藤に伝令を送る。
曰く、「京を思い出せ」
それを聞いた斎藤が言う。
「冗談じゃない。京でも鴨川なんて泳いでない」

今手元に本がないので正確な文言ではないと思うが、おおよそ上記のようなやり取りが下巻の後半に出てくるのだ。そしてこのやり取りがそのまま私の中で土方歳三と斎藤一の関係になっていく。

この作品が書かれた当時、まだそれほど新選組の研究は進んでいなかったのだろう。「燃えよ剣」には様々に事実と違う記述が見られる。特に上記のやり取りが現実ではなかったことはちょっと新選組に詳しい人なら誰もが知っている。

しかしこれが私の最初に読んだ新選組本だったので高校に入ってしばらくするまで斎藤一は蝦夷までいったと思い込んでいたし斎藤一諾斎が全くの別人だと気づかなかった。
だから気づいた時に本格的に新選組に興味を持ったのかもしれない。かなり色々読み込んだ覚えがある。

間違いだと知ってからも私の中では何故か土方と斎藤というと上記の台詞のやり取りのイメージが消えない。

しかし一般的に斎藤一といえば無口で偏屈で人付き合いが悪い・・・というイメージで描かれることが多いため他の作品でああいった雰囲気の斎藤一は見ることが出来ない。幾つもの作品を見るにつけそれがとても残念に思えた。

そんな私が「この斎藤はあの台詞を言ってくれそう!」ということで楽しみにした唯一の作品が岩崎陽子氏の「無頼」である。某雑誌にビジュアル系新選組と紹介された少女コミックで5+2=7巻まで発刊されたところで打ち切りになってしまった。
これは男性・女性コミック全てあわせても唯一の斎藤一の主人公作品だと思う。
元々掲載されていた雑誌がちょっと変わったものだったので妙な要素を含んでいるが、細かいところで上手く史実が絡められているのでかなり面白い。なによりこの作品の土方&斎藤ならあの「燃えよ剣」の台詞を言ったとしても違和感がない雰囲気がある!
・・・もっとも「無頼」ではすでに未来の嫁である時尾嬢が登場してしまっているので蝦夷に行く事は絶対に 無いのであるが・・・それを抜きにしても面白く先が楽しみだったので打ち切りは返す返すも残念である。もう切られて随分時間が経ったが未だに再開を楽しみにしている。

私が斎藤一が名を変えたのが山口次郎だと知った高校生の頃には「斎藤一と藤田五郎は別人である可能性が高い」と書かれた文章を読んだことがある。
しかしここ最近のマイ新選組ブームで斎藤一を検索した時、ウィキペディアに「現在は別人説が否定されている」と書かれているのを見て随分時間が経ったんだな~と思った。

映画やゲームなどの様々な媒体で新選組が取り上げられている。自由な創作を味わうのも楽しいし研究書を読み解き知識を仕入れるのも面白い。知ろうと思えば簡単に手に入れることが出来るというのはなんとも良い時代なのだと改めて感じる。

コメント

nophoto
縁のもの
2013年4月22日22:56

斎藤一は藤田五朗とは別人です。現在の藤田家は、司馬遼太郎からお金をもらって子孫と名乗ってるに過ぎません。こういったことは、よく行われていたのです。もっとも、現在の藤田家の子孫がその事を知っているかはわかりませんが、斎藤一は改名などしておりません。研究が進めばいずれわかるでしょう。特務警察として、明治政府の陰の役割を担っていたのは事実ですが、後に蝦夷地にうつり、函館で時尾と結婚し、子どもをひとりもうけてます。その後、仕事を転々とし、最終的には左官工となったようです。大黒柱を削るのが上手だったとか。 土方と仲が良かったらしく、唯一土方だけには、さん付けで呼んでいたみたいです。いつも土方の後ろで用心棒として、殺気を漂わせていたと聞いています。無口でぶっきらぼうで、剣の腕は物凄く強かったみたいです。 明治になってから、タバコを吸いはじめたらしいです。戊辰戦争で会津に残った理由は、会津に対する忠義と、時尾のふるさとを守りたかったそうです。二度結婚したのは創作です。斎藤一は、時尾と現代風に言うならば、ラブラブだったみたいです。と、いうのも新撰組に入ったきっかけは、福井藩から脱藩した斎藤を、ある日突然つれてきたのは時尾らしいのです。時尾の紹介で腕を買われた斎藤は、新撰組に加入することとなります。現在伝わっている歴史はいい加減なものばかりです。真実は何かと想像することが、歴史の醍醐味とよく言いますが、真実は一つです。新撰組は人斬り集団といわれますが、彼等はただ人を殺しまくったわけではありません。闘っても尚、守りたかったものがあったのです。それは長州、薩摩の志士も同じです。私達がいま生きているのは、彼等がいたからです。現在の日本に生まれて良かったと思うのであれば、先人たちに感謝しなければなりませんね。嘘話だと思われるかと思いますが、与太話の一つとしてお受けくださいませ。新撰組を、斎藤一の真実を知るものとして、一度世の中で定説とされている史実にたいして、もの申したい衝動にかられ、このようなコメントを書き込んでしまいました。恐らく、あの世にいった時に、そんなことで見苦しい真似をするなと、斎藤一さんに怒られてしまうと思います。どうか失礼をお許しください。

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